陽の当たる場所



強靭な肉体と強大な力を持った種族、アシュ。
かつて彼らとは、人類の生存をかけて熾烈な戦いが繰り広げられていた。
どれほどの血が流され、どれほどの戦士が非業の死を遂げたのだろう。
百鬼鏡と呼ばれる鏡の中におびただしい数のアシュを封印することに成功した人類は、その未来を手にすることができたのである。
現在戦士たちは“監視者”と呼ばれ、取り逃がした数体のアシュを追う者数人を残すのみとなっている。




「なんて可愛らしいのでしょう・・・・・・」

ふわりと微笑む女性の印象は、あたたかみのある白。
髪はやわらかそうなアイボリーホワイト。
右頬には紫色のアザ。
大切に抱きあげた赤ん坊に愛おしそうに頬擦りをする。

「うん、うちの子は世界一可愛い」

そばで幸せそうに笑う男の印象は、黒。
日に焼けた肌に、短い黒髪。
意志の強そうな黒い瞳。
全身黒ずくめの服装に黒いマント。
黒は本来闇の色だが彼のまとう黒の印象は、真夏の強い日差しが当たったときにできるような陽気な日陰の色だった。


2人は先ほどからふぎゃふぎゃとぐずりだした赤ん坊をあやすべく手を尽くしていた。
が、しかしそこは「親の心子知らず」というもので、頬に母親そっくりのアザが浮かび上がると茶トラの子猫のような髪がみるみる白銀色に変わっていく。


ふぎゃーーーん!!


「うわー、泣き出した」

盛大に泣き声をあげはじめた我が子を前に、2人はどこか楽しそうにうなだれた。
父親である男は人間、そしてアシュの監視者。
母親である女はアシュ、すなわち人間ではない者。
この赤ん坊は、使い古された言葉だが“禁断の恋”の末に生まれた混血児。
心は種の違いを越えられても、生まれてくる子供がどんな状態で生まれてくるものなのか予測すらできないのはとても不安だったのだ。
五体満足で元気な男の子が生まれたときにはどんなに2人が安堵したことか。

小さな身体が全身に力をいれて、宙をつかみ、足を突っ張っている。
電気を帯びたかのように逆立つ白銀の髪
水銀が転がるようにこぼれおちる涙。

「よしよし・・・・・・・いたたたたたたた!!」

頬までこぼれおちた涙をぬぐってやった父の指に、ぱくりとその子は噛み付いた。
そのまま小さな手でつかまってあむあむと甘噛みをしている。

「ああ、牙が生え始めてかゆいのですね」

「こらこら、痛い痛い痛い痛い!」

おっとりと微笑む母。
アシュの特徴のひとつ、その子には牙が生え始めていた。
猫の牙のように白く小さなものだが、噛まれるとこれが結構痛い。
だが、


ふぎゃーーーん!!


離すと泣く。
仕方なくふたたび耐えようと父は手を伸ばす。

「お父さんを噛んではいけませんよ」

かなり遅ればせながら夫の苦痛に気づいた妻が、我が子の口元になにかを差し出した。
と、同時にぱくりと噛み付く赤ん坊。
淡いライムグリーンに筋のあるそれは、




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・セロリ?」




「セロリというのですか?」




シャクシャクと咀嚼音をたてている我が子を愛しくて仕方がないという様子で見ている妻は、それが何であるかという認識はなかったらしい。
人間である夫の食べているものなので害はないと判断したのだろうか。
いや、害はないのだが・・・・・・害はないのだが赤ん坊が美味しく頂ける味ではないような。
が、しかし、ゆっくりと白銀の髪が茶色のふわふわに戻ってきているあたり、この子はご機嫌らしい。

「やれやれ・・・・・泣いているときはママ似だな」

ふわりと髪をなでながら父が微笑む。

「ご機嫌なときはパパ似ですね」

指先で涙をぬぐってやりながら母が微笑む。



おだやかな日差しを受けてスヤスヤと幸せそうに眠っている赤ん坊。


どうか世界がこの子に優しくありますように。

大切なこの子がいつも幸せでありますように。









アシュの監視者、高丘映士はまるで憑き物が落ちたような状態だった。

ずっと憎んできた母親はおそろしい化け物などではなかった。
人外の存在であることに変わりはないが、どれほど愛されていたかを知った今では憎しみも嘘のように抜け落ちている。

少々痛んでパサついている白い髪。
右頬には紫色のアザ。
水銀のような瞳。
猛獣のような牙。

気を抜けば暴走しそうになるアシュの血なのだが。


「これも・・・・・・・・・・・・悪くないな」


しゃがんで覗きこむ水たまり。
真っ青な空を雲が流されて行く。
やわらかな風にふわりふわりとそよぐ白い髪。
母親と同じ位置にあるアザすらも、今となっては嬉しい。












「お母さん、バス停みつからないね」

「そうねぇ。あ、あそこにいるお爺さんに聞いてみましょう」

「うん。すいませーん、バス停探してるんですけど知りませんかー?」

「あ?バス停?・・・・・・・・あれじゃねぇか?」

「あっ、あれだ!ありがとうございましたー!」

「おぅ」



Written by 石榴 


心の相棒・石榴が「高丘夫妻がこんな風に赤ちゃんえいちゃんを可愛がってるといいよね」とメルしてきたので、おねだりして小説にしてもらっちゃいました。ありがと(^^)
ほのぼの高丘一家の子猫のようなえいちゃんが可愛い♪そして素ぼけのママが可愛い♪♪野菜英才教育…つか、えいちゃんのぼけは母譲りだったのね(笑)

…お礼代わりに一枚書き下ろしてみたんだけど、嫌になる位壁紙と合ってないよ。畜生(^^;


壁紙素材:Blue Pegasusさま