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その朝。 俺は灼熱砂漠のど真ん中に寝ていた。 熱い熱い熱い……いや、本当は「気温が高い」時は「暑い」という漢字を当てはめるのが妥当なのだが、この場合は「熱い」でいいのだ。何しろ、身体が煮えたって沸騰してる。血液がぶくぶくと音を立てている気がする。砂のフライパンの上で、俺は焼かれていた。 「うっ……、うわっ!」 自分の叫び声に驚いて、目が覚める。そう言うこともあるんだなあ。このままだと、本気で「人肉ステーキ」になってしまうと思い、俺はもがいた。どろどろとつかみ所のない気持ち悪い空間。俺はどうにかしてそこから抜け出そうと思った。手足を動かそうとしたが、ぴくりともしない。もがく、と言っても身体をちょっと揺するくらいなんだ。 目を開けて。俺の目の前にあったのは、白っぽい天井だった。クロス張り、とか言うんだよな。ここを借りるときに日和っちゃんが「有害物質を使ってないでしょうね〜」なんてチェックしてたんだ。何でも築何年か経ってる住宅では、今では禁止されている糊とか薬品とかが使われている内装があったりするらしい。一応家庭科教師だもんな、そう言うところもきっちりやってくれる。 ……それは、この際いいんだ。大切なことではあるが、もう日和っちゃんは俺の奥さんなんだし。ちょっとやそっとじゃ離れられないんだからな。今は身軽だけど、もうばんばん仕込んでやるから。そのうちに日和っちゃんにそっくりな可愛〜いベビーが生まれたりして、もう絵に描いたようなファミリーになるんだ。 いっ……一体、これはどういうことだっ?! いつから「燃える男」になっちまったんだ、俺。いくら、日和っちゃんへの愛が燃えさかっているとは言っても、自分がこんなにひとりで熱くなっていてどうするんだ。盛り上がったところで、日和っちゃんは今夜もいない。昨夜は同僚の先生と飲み明かして寂しさをしのいだが、こうして静まりかえった部屋にひとりでいるのはわびしい。ひとり暮らしなんて慣れていたのに、どうしちまったんだ、俺。 その時、いきなり俺の携帯が「ポーン」と音を立てた。メールを受信した合図だ。俺も色々ダウンロードしたりして、着メロを変えるんだが、趣味が悪いとか言って、すぐにデフォルトに戻されてしまう。まあ、部活関連の連絡を「火曜サスペンス劇場」のテーマで受けていたのはまずかったか。ジャーンジャンジャーン……と始まるたびに、日和ちゃんびっくりしていたもんな。 『昨晩からの雨でグランドコンディションが悪く、今日は筋トレにしました。先生はお休みで結構です。たまにはゆっくりしてください』 ――でんでん、違うじゃん。期待にふくらんだ俺の心は無惨にぺっしゃんこ。 ……いやいや。 そんなのダメだ。だって、日和ちゃんは今回の名古屋行きを本当に楽しみにしていた。俺だって知ってる、彼女は職場でも家でも一生懸命頑張ってる。俺の汚した部屋を片づけて、ついでに洗濯をして。いつでもにこにこと出迎えてくれる背後には、湯気を立てた食卓。あんなに頑張ってくれてるんだから、たまには羽も伸ばしたいだろう。分かってやらなくちゃ。 一瞬でメールは届くのに、どうして人間は何時間も移動しなくちゃいけないんだろう。こんなに会いたいのに、絶対的な距離がふたりを隔ててる。――ああ、そうかっ! ドラえもんだ! ドラえもんを呼んで、どこでもドアを出してもらおう。そしてすぐに名古屋に行くんだ。日和ちゃんに会うんだっ! とりあえず、ベッドまで這っていく。何でもない距離なのに、気分は南極探検隊か、雪山登山。ああ、遠い、白い頂……! 吹き荒れる風の中、遠くでドラえもんソング。最後の力を振り絞って這い上がった。意識がだんだん遠のいていく……。 おしまいです☆(031211) このあと「この広い世界の真ん中で」に続きます。情けなさ全開だけど、やっぱいいなあ…。
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薄目を開けたら、目に飛び込んできたのは天使様だった。 ――いや、違う。よく見たら、梨花ちゃんだった。だってさ、綺麗な髪の毛の頭のてっぺん回りに丸いわっかが出来ていて。もうそれだけで、天使様の美しさだ。その上、彼女が着ているのは今日の空模様のような真っ白なワンピース。 「大丈夫? 今年の風邪はしつこいって言うから、気を付けていたのにねえ……とうとう捕まっちゃったんだ」 「う〜、情けないよ、ホント。大切なセンターの直前に」 梨花ちゃんがこうして来てくれたのは嬉しい。でも、今の俺はあまりの口惜しさで布団をかぶって泣きたいくらいだ。まともに話の出来る状況じゃないんだよ。分かってくれるかなあ。 「あら」 顔を背けてしまった俺に近づくために姿勢を低くして、かなり危ない迫ってますポーズの彼女はやがてくすくすと笑い声を上げた。何だ、不謹慎な。ひどいぞ、俺が苦しんでいるときに。 「当日に熱を出すのは困るけど、3日前なら大丈夫よ。暖かくして栄養付けたらすぐに良くなるわ。またレトルト食品が多くなっていたんじゃないの? ダメだよ、食生活をきちんとしないと」 ぴと。いきなり額が冷たくなる。手にしてみると、それはカップに入った小さなアイスクリームだった。 「それ、食べていて。今、おかゆを作ってあげる。日持ちのするおかずもいくつか作ってきたから、早く良くなってね」 いいなあ……風邪を引いたら彼女が来て。看病してくれるんだ〜……じゃないよっ、ちょっと待てっ! 「あっ……! あのさあ、梨花ちゃんっ! 気持ちはすごく嬉しいんだけど、ヤバイよ、これっ!」 そうだよ。俺がセンターだと言うことは、彼女もセンターだと言うことで。だから、こんなところで病人を介抱していていいわけないんだ。それにそれに、俺の風邪、梨花ちゃんにうつしたら、大変だしっ。それこそ、当日にどうにかなっちゃったら、もう、もう、申し訳なくって……! 「う〜ん、どうして? 大丈夫だよ。気にしないで」 そう言いながら、今度は髪をまとめてる。うひょー、綺麗な襟足っ! ぞくぞくするぅ〜……、って。やばいぞ、ヨコシマだぞ。どうしたんだ、俺。 「もしも、聖矢くんのもらっても、倒れるのは終わってからにするから。それくらいの自己管理は出来るもん、私、本番には強いタイプなんだ」 それから、もう一度、俺の寝てるベッドの所まで来て。え、あれれ……と思っていたら、いきなり唇が触れ合った。舌の上に乗っけていたアイスがとろんと溶けて喉の奥に流れ込んでいく。 「ほら、もう大丈夫。すぐに良くなるから……」 うわわわわ。何だかもっと熱が上がりそうなんですけど。どうしたらいいんですか、俺。 彼女が勝手知ったる台所でかちゃかちゃと料理をしてる間、俺の左手のアイスが、どんどん溶けていく。お鍋から上がる白い湯気、暖かい匂いで満たされる部屋。でも彼女がいることが、俺にとって一番の薬だなと思う。 一足早く春が来た気がして、窓の外を見たら。さっきよりも吹雪いた風景が、白く煙っていた。 おしまい(031211) 梨花ちゃん視点の完結を前にして、聖矢視点。久々に可愛い彼女を書けて、ラッキー☆
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「……透?」 出来るだけ音を立てないように、そっと部屋に入ったのに、ベッドの上に横たわった人が声を掛けてくる。 「菜花は? もう寝たの……?」 俺が手ぶらなのに気づいたのだろう。腕の中に収まっているはずの愛娘がいないことに、彼女の表情が不安げになる。まるでお気に入りのぬいぐるみをなくした子供のように。必死に起きあがろうとするから、慌てて傍に寄る。 「ああ、良かった。熱、下がったみたいだね」 「菜花は、リビングに寝かせたから。少しぐずったけど、もう大丈夫だと思う」 「ごめんなさい、迷惑をかけちゃって。透だって、疲れてるのに」 なんと言おうか、言葉を選ぶために唇が何度も空回りする。いつものことだ。俺の些細な顔色や仕草の変化を見て取って、彼女は困ったような泣き出しそうな表情になる。 「謝ることなんてないだろ。……夫婦なんだから」 ――ギリギリまで、我慢するから。気を遣ったりしないで、もっと我が儘になればいいのに。そう言いたいのをぐっとこらえる。言えば、また彼女を苦しめることになる。それが分かっているから。
夕方。いつものように帰宅すると、彼女の様子がおかしかった。何となく熱っぽくて、とろんとした目をしている。いつからこんなだったのだろう、とっさに思い出せない自分を呪った。 こちらも12月に入って、やはり飲み会や夜の会合が多くなってくる。営業という職種はやはり人脈がものを言うから、それらをないがしろにすることは出来ないのだ。彼女は以前同じ会社に勤務していたから、そんな内部の事情にも詳しい。ひとことも愚痴や恨み言も言わずに、俺の帰りを待っていてくれる。小さな2歳になる娘とふたりで。 「大丈夫よ、私は菜花がいれば寂しくないから」 そう言って静かに微笑むのは、俺を安心させるためだと信じたい。もちろん、娘は可愛い。笑うと彼女によく似ているし、小さい身体で精一杯自己主張する様も微笑ましい。だけど……彼女の気持ちがほとんど娘に移ってしまったことに、俺は内心少しだけ苛立ちを覚えていた。 結婚して、同じ姓になって。それでも彼女はどこか儚げで、いつも自信のなさそうな目をしていた。彼女を幸せにしたくて結婚したんだ。俺の力で、彼女を他の誰よりも幸せにしてやろうと。それなのに、どうしてあんな表情をするんだろう。 ――彼女を、幸せにしているのは娘なのだ。俺ではない。 大丈夫だからと言われたが、無理矢理ベッドに運んだ。キッチンの棚に風邪薬が置いてある。やはり少し前から具合が悪かったのだ。それなら言ってくれれば、飲み会だって早く切り上げてきたのに。そりゃ、仕事は大切だが、彼女の方がそれよりずっと大切だ。 娘の世話をしながら、簡単な夕食を作り、それを食べたあとにお風呂にも入れた。もともと、風呂の当番も俺がやっている。彼女の負担を少しでも軽くしたかったから。途中、運んだ夕食のトレイを取りに部屋に入ると、薬が効いたのかぐっすりと寝入っていた。綺麗な輪郭が少しこけているのに気づいて、辛くなる。我慢していたんだな、きっと。
「千夏は……そんなに丈夫じゃないんだから、無理は良くないよ。セーターは? 編み上がったんだろ、もう夜更かしもしてないはずだよな」 10月から、彼女は編み物教室に通っていた。地区の公共センターで行われているもので、託児付きだという。あまり家に籠もっているのも良くないだろうと近所の人に誘われたらしい。 ただ――ウチの娘はぜんそくの傾向にある。ハウスダストや毛足の長いものは良くない。ラグマットなどもあまり害のないものを使っている。何事にも気にしすぎるタチの彼女は、娘が起きている間は決して毛糸に手を伸ばさなかった。週に一度の講習会までに、言われた部分まで仕上げてこなくてはならなかったが、そのために彼女はいつも夜なべをしていた。 「うっ……うん。あのね、……」 セーターという単語にぴくりと反応して、彼女はもう一度、身体を起こす。慌てて制しようと思った俺の腕をすり抜けて、足下の向こうにあるチェストにふらふらと歩いていった。 しばらくして、一抱えほどの包みを手に戻ってきた。それを俺の方に差し出す。 「何?」 あまりにじっと見つめられて、どうしようかと思った。そりゃ、彼女の視線なら直接突き刺さったっていいと思う。でも――。 「ちょっとだけ、早いんだけど。クリスマスプレゼントなの。受け取ってくれる……?」 包みを開くと。そこにはチョコレート色のセーターがあった。彼女が自分用に編んでいたのと同じ編み込み……思わず、恥ずかしそうに俯く人の肩を抱いていた。 「実は……私、透のセーターが編みたかったの。編み物なんて、ろくにやったこともなかったんだけど……透って身体大きいけどそんなに太ってないから。大きめのサイズを買うと見頃とかぶかぶかでしょう? 丁度良いサイズのがいいなって、ずっと思ってたの」 それから、彼女は俺の胸の中で、もう一度「ごめんなさい」と言った。震える細い身体をしっかりと抱きしめる。こんな風に彼女の想いがストレートに伝わってくる感触は初めてかもしれない。 ――ああ、そうか。 彼女は……最初からこれが目的で講習会に通ったのだ。内緒で仕上げたくて、きっと夜遅くまで無理をしたのだろう。日中は娘の世話がある。あまり昼寝をしない子だから、彼女が自由になれるのは夜だけだ。きっと……クリスマスまでに仕上げたくて、必死に頑張ってくれたんだろう。 「千夏、……ありがとう」 そう言って口づける。少し乾いた唇が、うごめく。俺の内側から、止められない欲求が湧き上がってきた。彼女の着ていた服が、いつの間にかベッドの脇に落ちていく。今の俺にとっては柔らかい身体を包む全てのものが煩わしかった。 「あっ、駄目っ! 風邪がうつっちゃうっ……!」 慌てて逃れようとする身体を押さえつけて、その胸元に唇を寄せる。 「千夏の風邪、俺がもらうから。だから……今は俺のこと受け止めて。いいだろう、……欲しいんだ」 俺の想いの全てを受け止めてくれる人。永遠の誓約を繰り返すために、最初のキスを色づいた頂に落とした。 なんかよく分からないけど、おしまい(031213) で……このあと梨花ちゃんを仕込んだと(笑)。病人を襲うのは止めた方がいいと思いますけどねえ。
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『沙和乃さん、倒れちゃいました』 そんなメールを受けたのは、社員用のパウダールームだった。3時の休憩を終えて、また仕事場に戻る前。何しろお客様相手の職業だから、メイク直しも重要だ。マスカラの付いたまつげがほっぺに落ちていたりしたら、シャレにならないし。 メールのフォントなんて、どれも同じなのに。どういう訳か周五郎のものは、のほほんとしている。浮世離れした男だから、仕方ないと言えば仕方ないが。それにしても「倒れちゃいました」って……緊迫感なさ過ぎ。 「ええ〜、なにようっ! どういう事なのよっ!」 だが、これでは何が何だか分からない。 「ああん、もうっ! 馬鹿っ!!!」 沙和乃は一声叫ぶと、直接ダイヤルする。周五郎にではない、彼の運転手の清宮だ。本当なら、周五郎のことは「側近」である、通称・爺――田所氏が一番良く把握している。でも、アレに連絡を取るのはさすがの沙和乃も未だにオソロシイ。 2コールですぐに出てくれた清宮から、情報を仕入れる。何でも午後の全体会議のあと、急に目眩を起こしたとか。今日はもう大きな予定は入ってなかったので、とりあえず病院に運んで点滴を打っているとの事だった。大事はないらしい。 「とは、言ってもねえ……」 婚約者が、倒れた。そう聞いたら、一応駆けつけるのが筋だろう。別に、筋もなにもないんだけど、気が付いたらもう1週間も会ってない。 3月に入って、年度末のブライダルシーズン突入してしまい、沙和乃の勤務先であるホテルは目の回るような忙しさ。しかも、やることがそれだけではない彼女はホッと一息つく暇もないのだ。この3日は家に辿り着くと12時を回っている。 ――シンデレラじゃないけど、ぼろぼろだわ。 仕事疲れの自分を、沙和乃はそう思っていた。 ☆☆☆ 「ちょっとっ! ……周っ?!」 大通りから一本入った、狭い道。白塗りの建物に案内された。道が分かりにくいから、お送りしますよと言う清宮の言葉に応じることにする。定時まで仕事して、従業員出入り口から飛び出すと、黒塗りの公用車はちゃんと横付けされていた。 「やあ、沙和乃さん。早いですねえ……さすが清宮。抜け道を使いましたね、ジャスト18分だ」 頭を向こう側にして、ベッドは縦に置かれている。その一番奥まったところから声がする。ご大層に水嚢をおでこに当てて。なんか原始的だ。よく、漫画とかで出てくる、上からつり下げて額を冷やすアレ。日常生活では、あまりお目に掛からないものだ。 「何よぉ、倒れたんですって?! もう、びっくりしたでしょっ!」 大股で、傍による。一応、礼儀作法と称して、色々と教えを受けている身ではあるが、悠長にそんなことをやっている場合ではない。 「身体が基本だって、いつも自分が言ってるじゃないのっ! 気を付けなさいよねっ……!」 そう言いながら、覗き込む。ああ、顔色はあまり悪くない。良かった、と思う。 「倒れちゃいました」の言葉に緊迫感はなかったが、やはり日本有数の総合企業・ナカノ・コーポレーションの次期オーナーだ。こののほほん男も、かなりの激務をこなしていると思う。いくら有能な社員やブレーンはいるとしても、自分が表立って出て行かなくてはならない場が多いという。 ……それに。 現頭取の周四郎氏、つまりは周五郎の祖父に当たる人なのだが、そろそろ第一線からの引退を考えているそうなのだ。 「大丈夫ですよぉ〜」 にこにこと、無邪気に笑う。こっちはすっごい心配して、ちょっと悪い想像とかもしちゃったのに、何とも脳天気なことだ。まあ、これくらいの神経を持ってないと、仕事量はこなせないのかも知れないが。 「お祖父様が素敵なプレゼントを用意して下さっているんだから。そのためにも、僕、頑張っちゃいます。……楽しみだなあ〜沙和乃さんのウエディングドレス姿、早く見たいです〜!」 「……馬鹿」 この非常時に、何を言ってるんだ、この男。 そりゃ、周四郎氏の出した案はすごかった。あの、婚約披露パーティーの席で初めて顔を合わせた沙和乃をいたく気に入った様子で、その場で6月の結婚式を決定してくれた。しかも、その後、2ヶ月間のクルージング旅行までプレゼント。豪華客船の旅に出る。 まあ、新しい事業の視察がきちんと組み込まれている辺りが、ぬかりないのだが。 沙和乃の方も寿退職が決まっているわけだが、周五郎の方もその「長期休暇」に向けての色々な仕事がエベレストよりも高く積み重なっているらしい。 その上、ふたりがデートする事が分かると、周五郎のお祖母様である喜代子様が「家にお出でになってっ!」とうるさい。もちろん、腕の立つ一流シェフの料理に舌鼓は打てるのだが……上流階級な婦人とのやりとりは緊張しまくりだ。この仕事疲れの中で、とてもそれに耐えられる気力がない。 「わあ、きちんと容子さんにトリートメントしてもらってるんですねっ! 一段と髪の艶が美しくなりましたね〜すごい滑らかでいいですよ〜」 いつの間にか、髪をさわられている。嬉しそうに目を細めて、こちらを見つめる瞳。そこに、ちらっと妖しいものが光った。 慌てて、部屋を見わたす。ドアの辺りにいたはずの清宮はとっくにどこかに消えていた。何よぉ、すぐに戻るから、待っててくれって言ったのに……。 「ふふ、沙和乃さん」 いきなり抱き寄せられて。こっちは中腰の姿勢だったから、バランスを崩して倒れ込んでしまう。もちろん、落下現場は周五郎の上だ。 「き、きゃあっ! ちょっと待ってよっ! ……何してるのよっ!!」 ここは、病院なんでしょっ! 何始めるのよっ……看護婦さんでも来たらどうするのっ! ――そう言いたいのに、口を塞がれてしまう。艶めかしい舌の動き。 「大丈夫ですよ〜僕が呼ぶまで誰も来ませんから。入り口では清宮が見張っていてくれるし……ね、いいでしょう? 久しぶりに沙和乃さんと仲良くしたいなぁ……スキンケアの効果も見たいし。あの特製ボディーローション、きちんと使ってくれてます?」 さわり、さわり。服の中に進入してくる手のひら。大きく円を描きながら、沙和乃の感じるポイントをきちんと刺激していく。熱い吐息が首筋に落ちて……。 「いや〜、なかなかふたりきりになれないんだもの。僕もいろいろ考えたんですよ〜お祖父様もお祖母様も何だか楽しんでいらっしゃるみたいだし、口惜しくて。今日のことは、清宮との苦肉の策なんですから――」 「えっ……?!」 沙和乃はハッとした。……ちょっと待て。今なんと言った?! 苦肉の策って――。 「会いたかったですぅ〜、沙和乃さんっ! 今日は僕、思い切り頑張りますからねっ! ……え、だって、僕は病気なんて縁がないですよ〜知ってるでしょ、沙和乃さん。真冬の寒中水泳したって、全然平気だったんだから」 にっこりと微笑む、不敵の微笑み。天使なのか悪魔なのか、沙和乃には未だに分からない。どこまでが計算されていて、どこまでが素の部分なのかも。 まんまとはめられた感じで、少なからずむかついてしまう。こうなったら、マグロになって白けさせてやる〜っ! とか思うのに、悲しいかな、沙和乃の「女」の部分は確かに周五郎を求め始めてる。 「あんっ……、やぁっ……!」 それなのに、腰から膝の辺りがガクガクして、もう待ちきれないって言ってるみたいだ。恥ずかしくてたまらないのに、早く来て欲しいと思う。自分の心が乱れていく。……止められない。 「ふふふ、……大丈夫ですよぉ〜」 周五郎は嬉しそうに微笑むと、沙和乃の耳元に唇を寄せた。そして、最後の緊張の鎖を解き放つように言う。 「ここ、完全に防音ですから。いくら叫んでも外に声は漏れません♪」 まだまだ続きそうですね、でもおしまいです(031219) もっときちんとした(?)番外は考えてますから。あくまでもこれはお遊び……もっと書いた方が良かった?
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